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2011.10.14(Fri):猩影若
猩影若。
切裂とおりゃんせの怪、その後。

[More...]

「今日からここはお前のシマだ。大きな畏に変えてくれよ。────親父さんのためにも」

その声に、その言葉に、己の奥底にあった棘が静かに溶けていったのを感じた。
「親父のために…」
小さな独白とともに見上げると、そこにはリクオの強い光の宿った双眸がある。

(親父…)

ようやく光明が見えた気がした。
この若い主についていきたいと、素直に思えた瞬間だった。


「さて…帰るか」
脆く刃毀れしたなまくら刀を一瞥したのち、声をかけられ、猩影は鬼纏の後遺で怠い体を起こした。
「氷麗の姐さんも待ってるでしょう。お送りします」
「いい、帰れる」
「いえ、俺が叱られますんで」

言外にこのまま『夜の散歩』に出られたくないと、猩影は含ませている。
奴良組本家の雪女がひとたび怒れば厄介なことになることは身に沁みて分かっているリクオは、渋々といった態で承諾した。
「失礼します」
未だにどうにかして抜け出せないものかと思案しているリクオの体を、背後に立った猩影が素早く抱え上げる。小さく声を上げてリクオが慌てた。その姿は年相応に思えて好ましかった。
「こっちのほうが速いんで、ご容赦を」
そう一言言い置いて、猩影は跳んだ。

狒々の跳躍はひと飛びするだけで、飛躍的な距離を稼ぐ。
その俊敏さには流石に敵わないと、リクオは仕方なくなすがまま大人しく抱えられていた。


「若、お帰りなさいませ!」
玄関が開かれると同時に氷麗がリクオの全身を検分し始める。
その勢いに猩影は一歩退いたが、それはリクオも同じだったようで少々呆れながらたじろいでいた。
「まあお怪我を!猩影、あなたがついていながら…」
「掠っただけだ、大したこたぁねえ」
始まった小言を流しつつ、リクオは自室へと歩を進め始めた。
氷麗の声を背に数歩進んだところで、視線のみで振り返り、猩影についてくるよう命じる。
それに従い、猩影は素早く後に続いた。


部屋の主に続き、静かに障子を閉める。
背を向けたまま振り向きもしなければ、座りもしないリクオに、猩影は訝りながらも声をかけた。

「結局、叱られちまいましたね」
「…気にすんな。うちの連中が過保護なのはいつものことだ」
「若が大事なんですよ。…当然です」

猩影の言葉に、相手の肩がわずかに揺れる。
少なからず、違和感を覚えた。常ならば、少しの照れを含みつつも本家の下僕たちへの文句でも零していただろう。猩影が不審に思うのは当然であった。

「…狒々の…」
「え?」
小さな声に聞き返すと、リクオは素早く身を翻して猩影の目を射た。
その瞳には、先程の強い光は窺えず、ただ不安の色を湛えている。
「仇を…討てなかったこと、まだ…」

言葉は失速し、若い主は俯いた。
常に強くあろうとする姿が際立つ彼には珍しく、弱みを見せるような仕草は衝撃だった。
反射的に抱き寄せたくなる衝動を抑え、猩影は言葉を引き継ぐ。

「気にしていないと言えば嘘になります」

それが正直な気持ちだった。
仇に突き立てようとした刀は初代総大将によって制され、リクオの判断で手打ちとされた。
────そのことが長く燻っていたのは事実だ。

「…狒々には、じじいも親父も…俺も世話になった…。覚醒する前でも後でも可愛がってくれた…」
「…俺よりも、若のほうが気にされてるようですが」
「狒々は俺にとっても家族だからな…」

俯いている横顔はかすかに赤く染まっているようで。
泣いているのかと、思った。

「若?」
「悪かった…。お前に討たせるって言ったのに…」

声をかけると、リクオが猩影を振り仰いだ。
それから、わずかに視線を逸らせる。
目元は薄暗い室内でも分かるほどに紅潮していた。

「…後悔されてるんで?」
「…いや…」
「なら、謝る必要はありません。謝らないでください」
すかさず向けられた縋るような瞳に、猩影は静かに微笑った。

「確かに四国の奴らを許すことなんざ出来ねえ。けど、総大将…いえ、ぬらりひょん様に止められて、最近まで考えてて……さっきようやく気づきました。親父は多分、仇討ちなんか望んでねえ。それより、俺に『生きる』ことを望んでるって」


玉章の命乞いをした四国の長。
奴良組二代目である鯉伴を亡くしたぬらりひょん。
命は尽きたら取り返すことなど出来はしない。

同じ父親という立場。
────互いに息子を思う心情は同じだと気が付いた。


「だから、いいんです。俺は奴良組と狒々組のために生きると決めたんです」
つと、猩影の指先がリクオの頬に触れる。
幼さの残る輪郭をなぞりながら、静かに囁いた。
「…あなたのために生きると決めたんです」

かすかに震えるリクオが目を見開き、その揺れる瞳に猩影の身の内で焔が点ったのを自覚する。
衝動と欲望が怒涛のように押し寄せてくるのを辛うじて抑えて、努めて静かに言葉を紡いだ。

「組の者に体を触られたことは?」
「昔は世話されてたが…」
「今は?」
「傷の手当くらいだな…」
判然としない様子で答える姿に、猩影はまたたまらない心持ちになる。
「では、意識を持って触れられたことはないんですね?」
「…は?何のことだ?」

応答するリクオの語尾が撥ねる。
頬に触れていた指先がゆっくりと首筋を辿り、鎖骨を経て、胸元に伝った。
いつもの着流しであれば、素肌である部分に触れられ、今度は露わに慄く。
それに気づいた猩影が、幼子に言い聞かせるように笑いかけた。

「大丈夫…何もしません。ただ、あなたを想っていることを知ってください」


(この人は────何も知らないんだ)

ぬらりひょんの血の影響で大人びた容姿をしてこそいるが、その心はまだ純真無垢の、降り積もったばかりの淡雪のようで。


そっと引き寄せると、未発達の細い体が腕の中に簡単に納まる。
百鬼を統べる者と言えど、あまりにも幼いのだ。
にわかに愛おしい想いに胸を占められた。護りたいと思った。

引き寄せる腕に力を込めると、相手は苦しさに呻く。
慌てて緩める猩影に、若き主は小さく声を落とした。
聞き取れずにいると、もう一度やや視線を逸らして独白のように呟く。

「何も…しないのか?」
「…若?」
「キスくらいならいいぜ?」

分かっているのだろうか。
それが何を意味するか。どんな覚悟がいることか。どんなに障害があることか。
分かっていてそれでもなお?

「狒々のことが気にかかってたのは、お前の親父だからだ」
もちろん家族で大事だってのもあるけど、と。
紡がれる言葉に、猩影は目を瞠った。
「俺のこと好きなんだろ?俺も…お前のことが気になってる…」
「若…」
「勘違いじゃねえぞ?お前以外ならこんな風に触ることだって許さねえ…」
「はい…」


歓喜が身の内を駆け巡った。
誰に許されなくとも、この主に許されるのなら。

「では、仰せのままに」


猩影は、その大きな体を屈めた。
頤に触れられ、白い喉を晒した彼に、ゆっくりと静かに口づける。
幾度かの啄むだけのそれでは思いの丈は留まらず、わずかに開いた唇から熱い口腔に侵入を果たす。
驚いた様子の彼を宥めながら、その甘さを存分に味わった。

ゆっくり蹂躙を果たしたのちに唇を離すと、力の抜けたリクオが凭れてくる。
それに気づかぬふりをして、猩影は彼を抱きしめた。


「好きです…」
「…ああ」


吐露した気持ちに、若き主は照れ臭そうに短く応じる。
それが了承であり、同意であるということは、伝わってくる心音で分かった。


心に立ち込めていた暗雲は晴れ、柔らかな陽光が差し込んでくる。








※後記


狒々を亡くした猩影たちの気持ちの、私的補完。
父親の仇討ちを阻まれて、わだかまりはきっとあったはず。
原作本編では猩影君のその後の描写がないので、やきもきしてたわけで。
じいちゃんにとっても若にとっても、大切な存在だったことには変わりはないはずなので、何かしらの補完がほしかったのですよ。

こんな感じで若にときめいてくれればいいなという希望的観測が腐った脳には存在したり。
ああでも、惚れたのは初めて夜の姿を見たときです(断言)
それが無自覚であったとしても、あの『ぞく』にはそんな意味もあったりするといいな、と。
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