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2011.09.12(Mon):鴆若
微鴆若。
羽衣狐戦を終え、浮世絵町に帰ってきてからのある日。

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自室の障子を開いて縁側に臨む。
裸足で踏み出して、リクオはゆっくりと濡れ縁に腰を下ろした。
ふと見上げた先にそびえる枝垂れ桜は花の盛りをとうに終え、湿気を含んだ風にさらわれてまだ青い葉が舞う。
そのさらに上に視線を上げると、黄昏色に染まった空があった。

(…そろそろ時間だな)

8月も下旬に差し掛かり、まだ暑さを残しているとはいえ、徐々に昼の時間は短くなってきている。
夜は“もう一人の自分”の時間。
帳が下りるころに訪れる変化は、“昼”のリクオには一抹の不安を呼び起こした。
以前のように記憶が欠けることはなくなったが、もう一人の自分を介して見る世界には未だに違和感を覚える。
彼が自分の一部だということは理解しているが、感情の部分で少しの差異が出るごとにやはり別なのかと思い知らされるのだ。

「はあ…」
大きく溜息をついて、リクオは体を横たえた。
冷たい濡れ縁の感触が頬に触れる。
その冷たさを心地よく思いながら、ゆっくりと目を閉じた。


今は、やらなければいけないことがある。
晴明との戦いに備えて力を蓄えなければならない。
自分の中にある憤りは、確かに昼夜を一貫したリクオ自身のもの。
────今はそれだけでいい。





やや肩を怒らせて、鴆が奴良組本家の敷居を跨いだのは宵の口だった。
小さな諍いが起こった奴良組傘下に赴いて治療を行ったその足で、総大将への報告に訪れたのだ。
本来であれば大事ない旨を伝えて退去すればいいのだが、当然ながら鴆の本意はそこにはなかった。
胸騒ぎがする。
細波のように寄せては返すそれは時を追うごとに酷くなり、矢も楯も立ち行かなった鴆は虫の知らせともいうべきものを信じたくなった。
鴆にとって無二の存在というのは彼以外に思い当たる術もない。
足音にも気づかず、リクオは膝を抱えるように眠っていた。

「リクオ?」
倒れたのかと思った刹那、聞こえてきた寝息に胸を撫で下ろし、近づいて静かに腰を下ろして覗き込む。

(転寝か?)

いくら夏の終わりとはいえ、日が落ちれば気温が下がるのは否めない。
しかもリクオは4分の3が人間だ。純粋な妖怪に比べれば、やはり体を壊しやすい。
それ以前に、鴆自身がリクオに過保護であることが大きく関わるのだが。

「親父…」
「…二代目?…泣いて…たのか?」
頬に触れようとして長い髪を掻き分けると、白い頬に濡れた跡があり、鴆は思わず声を零していた。
その声に気付いたようにリクオが小さく呻いた。

「鴆…?」
濡れた睫毛を瞬かせ、リクオがまだ視界が定まらない様子で呟く。
「リクオ?…大丈夫か?」
その声に、リクオが弾かれたように身を起こした。そのまま鴆の体に腕を回して強くしがみついてくる。
常にないその仕草に、鴆は逸る思いを覚えた。
リクオの体が小刻みに震えていたのだ。





「悪かったな…鴆」

ひとしきり縋っていた手を離して、少し決まりが悪そうにリクオが呟いた。
静かに促されるに従って、自室に戻って障子を閉める。

「いいって、落ち着いたんならよ」
気にすんな、と言外に含めて鴆が笑う。
気の置けない関係というのはこういったときに有難い。からかいもせずに頬を撫でてくれた手はとても暖かかった。

「親父が…」
「あん?」
「親父が死んだときのことを思い出したんだ…」
独白を拾われ、リクオはきつく眉を寄せて吐露する。


まだ幼かったあの日。
花弁が舞い散る中で見たのは確かに自分の父親で、彼を染めていく血の緋がやけに鮮やかな記憶を残している。
それは京都から帰ってきてからもたびたび思い出され、その都度、仇への憤りとともにある想いを思い起こさせた。
即ち────大事なものを失うことの恐ろしさだ。


「お前は死ぬなよ」

眼前の、鴆の目が見開かれる。
己自身が酷なことを言っていることは分かっていた。
『鴆』という妖が、その特性ゆえに短命であることは知っている。
それでも────それでも、言葉だけでも聞きたかったのだ。
鴆の、その声で。

「死ぬもんか、こんならしくねえお前を置いてよ」

あたかも己の心を読んだように告げられた言葉に、今度はリクオが目を見張った。

「お前はお前の思うままに進みゃあいい。傍にいてやるからよ」
「…そんなにいたいなら傍に置いてやるよ」
少し意趣返しがしたくなって俯いたまま呟くと、相手は小さく笑ったようだった。
「その方がずっとお前らしいぜ」
乱暴にリクオの頭を撫でると、鴆は自分の胸元に引き寄せる。
「俺はお前の百鬼夜行だ。弱音だって好きなだけ吐きゃいい。その代わり、頼るのは俺だけにしろよ?」
おどけるように囁くその声が耳に心地よく、リクオは目を閉じた。


まだ消えたわけではない痛みを、静かに撫で下ろす。
戦いは始まったばかりで、痛ましい思いは増えていくかもしれない。
それを一つでも減らせるように、無くせるように、新たな焔を胸の奥に点らせた。






※後記

畏を纏う者とはいえ、己自身の死は怖くないとしても、やはり大事な存在の死は恐ろしいものだろう、と。
鯉伴パパが死んでしまったときはあまりにも幼すぎて、死というものを実感できなかったんじゃないかな。
理解できてない感じのちびリクオがものすごく痛ましく思えたので、鴆様にだったら泣けるかなと若(しかも夜)に泣いていただきました。
今回はほんのりテイストでお送りしました。
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